戦後の高度経済成長の復興を創り上げた、昭和一ケタ世代の遺言のような映画です。
テレビの草創期から黄金時代を築いた「ハナ肇とクレージーキャッツ」のメンバーが、サラリーマン人生と会社の日々を、主人公・花岡始(ハナ肇1930〜1993)の定年退職を考えながら、「人生や家族などを問い掛ける映画」です。
会社に入社して、お花見、社内運動会、歓送迎会、忘年会、新年会、社内恋愛、冠婚葬祭など、昭和後期の私たちの生活は「会社」の、そこにあった。
守衛を演じたギタリストの植木等(1927〜2007)が酒を飲み歩いた後に「今のニッポンは、俺たちが創ったんだ」の叫び声、谷啓(1932〜2010)がジャズの「シンコペーションに魅了された」との熱い語りの映像は、とても貴重です。
古澤憲吾監督(1919〜1993)の大ヒットの東宝映画「ニッポン無責任男」(1962)から、市川準監督(1948〜2008)の「会社物語」(1988)までを観ると、「大笑いしたあと、きっと、人生を深く考えるヒントがある」と思う。
音楽に夢中になる幸せってあるよね。 花岡始が会社を去る最後の日、無心に叩くドラム演奏を終えた時、「ありがとう」の彼の言葉が心に染みます。
あのゴーマニズム宣言で有名な小林よしのりの原案を映像化したものです。
当時の世情や映画界の中では異色とも思える作品でした。
ほんの些細な事から、もう最後はとんでもない結末になってしまうのですが、
もう各々が好き勝手にやる家族、当時「キレル」という言葉も有ったかどうか?
映像もそれほど綺麗でもないし、カメラワークも落ち着きません。
しかし懐かしい出演陣の滅茶苦茶な演技は凄いです。
肩の力抜いて楽しめる作品です。
このアルバムのMONO印の曲はモノラル録音ですが、かなり古い音源で、白黒テレビ テイストです。 でも、リマスターされているので聴きやすいです。
「ケメ子の唄」はザ・ダーツの『昨日ケメ子に会いました〜』ではなく、歌詞・編曲が違いますね。
「じんじろげ」は本来、インドの雨乞いの唄で、大正時代に旧制三高(現在の京都大学)の寮歌になった曲。
それが陰毛を意味する隠語になったのは、深夜ラジオで、『じんじろげって、どこの毛ですか?』という、たわいもない投書にパーソナリティの土井勝さんが適当に『あそこの毛じゃないでしょうか』と軽く流したことが原因。
しかし、今なら放送禁止の曲が目白押しですね。
その一方で、浜口庫之助・なかしに礼・阿久悠・近江俊郎・中村八大と、ビッグ ネームのオンパレード。
いい時代だったんですねぇ〜。
この本は予想に反して私には難しい本であった。不思議な本であった。
しかし、やっと分かったような気がした。植木等がこの本を書いて見つけた出した答は何であったか、という事を。
植木等は父親の生き方を「支離滅裂」と表現した。私はある日この言葉を「人間とは支離滅裂な存在なのだ」と読みかえられる事に気が付いた。しかし、そう読みかえられるようになるまで十年近くかかった。何故こんな事に気が付かなかったのだろう。目から鱗が落ちたような気がした。
人間は多面的な存在なのだ。表面的にはこうだけれども実はこう、というような人間観が世の中には満ち溢れている。しかし違うのだ。二面性などと言うもんじゃない。もっと複雑な多面的な存在、矛盾する沢山の要素で構成された存在なのだ。植木等はそれを「支離滅裂」と、たった一言で表現した。人間とは支離滅裂な存在である。しかしその中には大概一本の強い筋が通っているものだ。そのことをこの本は訴えているような気がしてならない。
父親の生涯を綴るという形をとりながら、深い真理に触れさせてくれるような、なんとも不思議な本である。
小学校4年位かな?スーダラ節が大ヒットし、僕らは、その真似をし、先生にこっぴどくしかられた記憶があります。その後ヒットした曲、五万節、だまって俺について来い、ゴマスリ行進曲 殆ど空で歌えます。
中学、高校時代は、盆、正月のクレジーの映画は、殆ど見に行きました。いまから考えるとと、こんな荒唐無稽なもんよう作ったなと思います。また、結構すごいアクションもあります。
その後暫く沈黙期?があり、スーダラ伝説で復活し、先年逝去されたのは、ご存知のとおりです。
このBOXは、ヒット曲の殆どが、網羅され、僕も初めて聞く曲も何曲か入っています。しかし、何より嬉しいのは、LDで出たきり再発されていない、植木 等ショーが収録されている事です。僕は、これを見て、不覚にもほろっとなりました。
これに続いて、古い時代のクレジー、また、植木 等ショーがDVDで発売される事を願っております。切に。
ともかく、このBOXは超お勧めです!そして、DVDを見て一緒に歌いましょう!
あなただけが 生きがいなの テナコト言われて ソノ気になって ハイ それまでョ
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