ピストルズ
レビューの賛否が分かれることが、この大きな本が単なる
傑作以上の小説であることを裏付けているのではないか。
否定的意見の多くは、『シンセミア』からの隔たりによるものと思われる。
日本文学にフィストによる激しい一撃を加えた大傑作
『シンセミア』の続編として『ピストルズ』を読み始めると、
同じ作者によるとは思えない文体の違いに驚くことは確かだ。
徹底して下品で動物的だった前作にくらべ語り口が植物的というか
フェミニンなのだ。
しかしタイトルの音が「雌しべ」とも「拳銃」ともとれるように
この優雅な文体は曲者で、中毒性を持っている。
麻薬の効果は『シンセミア』の性的焦燥感に満ちた気配
(とそれからの解放)ではなく、アダム徳永的な、読書の
あいだじゅう続く包まれるようなゆるやかな高揚感である。
そして最後に訪れるその高揚から突き放される感じが
またたまらなく気持ちいい。まさに読書の醍醐味である。
みずきが操る秘術は作者が読者にかける小説の魔法にほかならない。
はたして、予定されているパート3は『シンセミア』の男性性と
『ピストルズ』の女性性が正面からぶつかる、夢のワールドシリーズの
様相を呈するのだろうか。
期待に胸ふくらませつつ、その準備としても繰り返し読むべき本である。
たけくらべ 現代語訳・樋口一葉 (河出文庫)
独特の文体・表現は残しつつも読みやすく現代語訳されている感じがしました。
内容を理解しやすくするにはもっと砕けた方がいいんでしょうが、そこは原文の雰囲気を残すために
あえてそうしなかったんだろうと思います。
ガッツリ読むスタイルが苦手な自分でもすっきりと読み終えることができ、内容も理解しやすかったです。
とりあえず樋口一葉の作品を読んでみたいという人にはおすすめの一冊です。
シンセミア〈1〉 (朝日文庫)
阿部和重氏の本は「アメリカの夜」以降読んできたが、この圧巻のリアリズムの完成度を誇る作品は絶品だ。すべての登場人物のグロテスクな面が余すところなく見事に描かれ、ストーリーテリングの実力も相当なものだ。著者はデビュー作の「アメリカの夜」にて田中康夫氏より『読まずに語る文芸批評』にて「ただの凡人」とこきおろされた。その作品を読んだ僕も同じ印象だった・・・・。その作家がここまで成長するとはまったく思いもしなかった。〜ストーリテリングにエンターテイメントの手法を持ち込む事を「後退」と評す人がたまに散見されるが、はっきり言って、純文学をエンターテイメントのストーリテリングに盛り込む方が単なる描写に徹するよりも遥かに難しい。これは自分で小説を一本でも書いてみればわかる。阿部和重氏は今後の期待が大きく膨らむ。
季刊 真夜中 No.15 2011 Early Winter 特集:物語とデザイン
ひと味違う季刊の文芸誌。ナンバー15ということだが、創刊以来、欠かさず購入している。毎回、特集に工夫を凝らしているのが特長だけど、今回は、物語とデザイン。サブタイトルは「創作・明日の絵本」。
もともとデザインにはこだわりのあるこの雑誌だけど、今回は特にそう。絵本(というか絵のある物語)がいくつか収録されているが、その中でももっとも良かったのが、祖父江慎の「ピノッキオ」。知らない人はいない「ピノッキオ」だけど、今回収録されている物語は、最初に書かれたものだそうで、私が知っている人情味あふれるストーリーとは違うとてもブラックなピノッキオ。まさに大人の絵本。絵もそんなブラックなピノッキオにふさわしい。
そのほかでは、長島有里枝と内田也哉子の「子供の絵本、私の絵本」が良かった。子供にも大人にも読ませたい絵本の数々を写真と対談で紹介している。
次号はリニューアルに向けて休刊ということだが、リニューアル後も期待したい。
グランド・フィナーレ (講談社文庫)
阿部和重は表題作「グランド・フィナーレ」で芥川賞を受賞した。出版当時、私は、主人公がロリコンであるという設定(意図的なものであるはずだが)にあまり興味がわかず、阿部のファンだから購入はしていたものの、ずっと「積ん読」にしてあった。しかし、どこだったかに、この作品が阿部の最新長編『ピストルズ』のプロローグ的な役割を果たしているというようなことが書かれてあり、あわてて読み始めたのだった。
さて、この作品が芥川賞に値する作品かどうか、また阿部の最高傑作かどうかということは措いておいて、作品自体は決して他のレビュアーの方々が苦言を呈されているほど悪い作品ではないように私には思えた。特に構成がしっかり練られており、後半の「フィナーレ的なもの」に向かう緻密な流れはすばらしかった。また、結末はオープンエンドというか、なんともあいまいな終わり方をしているが、そういう手法を選んだことを私は「あり」だと思った。
蛇足だが、本書に収められている短篇「馬小屋の乙女」の英訳が数年前にアメリカで出版されているある雑誌に載ったことがある。そのバックナンバーはもう品切れで手に入らないだろうが、私はその英訳版も非常に気に入っている。吉本ばなななどを多く英訳しているMichael Emmerichという人が訳しているのだが、このクセの強い作品を饒舌な英語の文語体でうまく翻訳しており見事だと思った。興味のある向きはどこかでご一読を。