主人公、入谷とユリ、彼の母親でアトランティスの手がかりを見つけに、クロアチアの観光都市、ドゥブロブニクへ。 そこでユリは、彼の父親を殺した人間が雇ったプロの誘拐犯に連れ去られてしまう。そして、誘拐犯は入谷にシュリーマンの謎を解くのを命じる。 物語自体はまだ序章で、登場人物の紹介のエピソードで占められている。一巻ごとに一つのテーマが収められているので、ストーリー展開でイライラするところはない。 ちなみに、ドゥブロブニクはサラエボからバスで8時間。 当時サラエボからドゥブロブニクへ行った際は冬だったが、ドゥブロブニクの街はまるで南欧のように陽の光に溢れており、自然と笑顔がこぼれた。サラエボは雪に包まれているにも関わらず、ドゥブロブニクでは半袖で過ごせた。地中海沿岸の都市の中で、ドゥブロブニクはもう一度訪問したい都市だ。
本体は2列針が2個と、結束バンド2本、連結金具も付属されています。
実は、ベランダにある夏場の日除け(サンシェード)に鳥が飛来し、糞害に困っていたところ、この商品を見つけました。 本体の針は軟質プラスチック製なので、設置スペースに合わせて切り取る事ができますし、素手で作業をしても怪我をする心配がありません。 柔軟性があり、天井付近など狭い場所には、曲げながら押し込む事もできます。
この商品の性格上、平面に置くよりも、壁面(横向き)天井(下向き)など高い位置に有利かと思います。
著者の作品は 児童書であろうと決して手抜きを しないというところが大きな特徴です。 なので、この作品は大人でも、子供でも 十二分に楽しむことができます。
今回は外伝の下巻です。 今回の最初の事件は どこかで見たことのある人物が 事件を起こします。 そう、知っている人はこの本とは別の世界で この人物に似た人がいるのを ご存知ですよね。
このトリックは 一見すると凝っているように見える かと思われますが 実はかなり単純なもの。 これはメインの事件となる 「江戸城の消失事件」でも いえることなんです。
つまり大きなことを やると思うとかんぐってしまって 足元にある単純なことに 気づかなくなってしまうのです。 著者は児童書ながら その手法を使っているので 本当、すごいなと思います。
それと謎解きが すごいばかりではありません。 ちゃんと歴史読み物として きちんとしたことも書いているのです。 そう、国民の心理をです。
これは二つの事件のどちらの真相にも そういう真理について書かれていて すごくよくできているな、と感じました。
それでいてラストの 描写はちゃんと意味のわかる人には ちょっと待った!!と笑いをくれるのです。 本当、よく練られている作品です。
こういう児童書って 大切なものです。
非常に読みやすいので2時間もあれば読めてしまいます。
「悩み抜いた果てに横着になる」というのは至極もっともで誠実なメッセージだと思います。
まあ問題は悩んでる途中かもしれません。
耐えられるかどうかの個々人の精神的体力の問題はもちろん、そっと悩ませてくれない悩み続けられないという問題がありますしね。
文化の幅が極めて広いわりにそれを包含する社会の幅は極めて狭いと言われる日本は、
選択肢が多様になっても選びたいものを選ばせない圧力が強いですから、
多様な選択肢の前で立ちつくし一人で悩むことを、
周りの人間だけでなくもう一人の自分が許容し、
誰とも違う自分の孤独を引き受けることができるかどうかで、
悩み抜くことができるかどうか決まるのかもしれません。
この本を読んでそんなことを考えてしまいました。
著者は他者や社会からの承認が欲しかったとのことですが、
俺自身は他人から承認されることより自分自身が心底納得したいという欲求が強いです。
まだまだ著者のように悟れないので悩まないと…
悩むことに罪悪感がある人にお勧めです。
夏目漱石というと 長編小説が有名かもしれないが そんな漱石が短編を書くと こんな無気味な作品が出来るという好例。 内田百聞の「冥土」もそうだが この時代の短編集には 純粋に文学美を探究したような 奇妙な味わいの作品がある。漱石の「夢十夜」も そんな色彩に彩られている。 ここで漱石が語っている話は 彼自身の夢という形を借りた 当時の「時代の不安」なのかもしれない。例えばムンクの「叫び」に似ていなくもないと思ってしまう。漱石が気がつくと 気がつかざると。 漱石が作者であるということを超えて 傑作。美術館を巡っているような 読書体験。
|