1969年ファラオの代表作。やっぱ骨まで愛してるんだねトレーンのこと。それこそ主役にして背景。指導者トレーンにあこがれる 半面、閉じこめられていた願望がここに冒険路線として建築された。 フリーを進化させたわけじゃない。ブラックな感覚を導入した訳じゃない。ただそんなスタンス、安定したスタンスを破壊しただけ。 ジャンル流動化の功労者。でも彼自身が保守的な部分を決して使い捨てできなかったところが皮肉だけど。型にとらわれないが、決して 型がないわけでもない。その中で無限に増殖する。一回り前じゃ考えられない、一回り後じゃ成立し得ない、この瞬間であり永遠に輝く 音楽。 壮大なロマンと、おぞましき演出を奇妙に同居させたテナーサックスの音色は、形成しながら否定する矛盾を感じる。その破壊的オブジェ をメインに、恍惚的な雰囲気をかもしだす美しいメロディーから、神秘的に震えるリズム、そして生じる何の外連もない自然な歌声。。 ファラオが高き望みを通した一枚。畏怖の念を覚える傑作だ。
スピリチュアルの名曲中の名曲、多分、オリジナルでしょう このすずのおと、ここから受け継がれるスピリチュアルの世界! 音楽を信じる世界観を感じさせられるこの時代のブラックジャスマンたち 入門版! また、聴き逃してるかたもコルトレーン死後、テナーマン のバトンをわたされ、確立したファラオワールド、まだまだ現役 頑固おやじ あなたを見習ってストレッチやってます。
1981年(発売は82年)の白熱ライヴ音源!
クラブジャズ・クラシックスとして有名な「ユーヴ・ ゴット・ハヴ・フリーダム」の14分にも及ぶ渾身の長尺バージョンは神がかり的でありサイコー!!
としかいいようがない!!
このダイナミックな勢いのある演奏は
ハンパじゃない。
まさに「この場にいたかったライブ」の最高峰である
「テレサ」での通算4枚目だが、インパルス時代からその豪快なブローに拍車がかかったかのような脂の乗り切った時期のライブだから、まずダレが聴いても損はないアルバム。
メンバーはピアノにジョン・ヒックス、ベースにウォルター・ブッカー、ドラムにアイドリス・ムハマッドを従えたシンプルなワンホーン・カルテット
評価は個人的に5点満点を軽く越えてメーター振り切っちゃいますネ
この作品を聴いて初めてJohn Coltraneを聴いて泣いてしまった…至上の愛を聴いても泣かなかったのに…このとてつもなく長く熱い演奏を聴いて泣いてしまったのか?それともColtraneが遥々遠くアメリカから日本に来てくれたことが嬉しくて泣いてしまったのか?多分自分は間違いなくまだ後者だろう。晩年のColtraneの音楽には[理解]という言葉がついて回るColtrane自身もインタビューに次のように答えている。今は理解できなくとも、いつか突然、あるいは繰り返し聴くうちに理解できるようになる。または全然理解できないままであるかもしれない。そんなものだよ。人生には理解できないモノだっていっぱいあるからね(笑)(インタビューの一部を引用させてもらいました)自分はまだまだこの演奏を理解できていないと思う。だからこれからじっくり時間をかけて熟聴して理解できるようになりたいと思うし自分の耳はまだ至上の愛の良さは理解できる辺りの耳だと思う。(アセンションでも自分にはまだまだ↓)この作品は単なるJohn Coltraneの歴史的日本公演ではなく勉強家だったColtraneから日本のリスナーへの贈り物であり宿題だと思った。あなた方には良い音楽を聞き分けられる耳を養って欲しい…John Coltrane…ってね♪
後この商品について、日本盤は高額ですが輸入盤に比べ遥かにしっかりと作られていると思います。日本人が持つ緻密さと高い技術力と購買者に対する配慮を感じました。この位の価格を支払っても納得の商品です。同じ日本人として誇りに思います★★★★★Thank you!
1963年7月7日のニューポート・ジャズ・フェスティバルでのライヴ・レコーディングの1・2と1965年10月14日のロサンジェルス録音の3の2セッションの組み合わせのアルバム。
他のレビュアの方も書かれているように圧倒的な『マイ・フェイバリット・シングス』のアルバムとも言えるだろう。アトランティック盤のオリジナルの『マイ・フェイバリット・シングス』とLive at the Village Vanguard Again!の『マイ・フェイバリット・シングス』とこの演奏がおそらくコルトレーンの3大パフォーマンスだと思う。ただそれ以外の演奏も決して悪くないと思う。
着々と変貌を続けるコルトレーンの一瞬を聴く。ジャズの最高の楽しみの一つだろう。
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