森鴎外と『戦争論』―「小倉左遷人事」の真実
明治32年、軍医森鴎外が小倉に新設された第12師団に異動された。
鴎外自身、都落ちの左遷といっている。
著者は鴎外の小倉への異動は、来るべき日露戦争へ向けて、
クラウゼヴィッツの『戦争論』の翻訳を進めるために、
参謀本部に入った田村怡与造が発案し、実行した人事であると考え、証明しようとしている。
ドイツ留学時代の交流から見てかなり説得力がある。
鴎外の翻訳が実際に各師団に配付されたという。
クラウゼヴィッツの『戦争論』が日露戦争の日本軍の作戦に役立ったということの証明が弱い。
そして日露戦争後の鴎外自身や関係者による
クラウゼヴィッツの『戦争論』の功績への言及、鴎外翻訳への功績への言及が書かれていない。
しかし鴎外に対する小倉人事を左遷とする見方を見直す著者の指摘はとても面白かった。
阿部一族 ディレクターズ・カット [DVD]
主君への殉死をテーマとした森鴎外の短編を映画化したものです。
内容については詳述しませんが(見て下さい)、正直ここまで凄烈な描写になるとは驚きです。最後の阿部一族の屋敷での討伐軍との戦いでは、勿論そこを派手にしなければならないのですが、さすが深作監督らしく思い切り盛大に描いています。男同士の斬り合いもさることながら、女性や子供が覚悟を遂げているシーンなども入れてあり、武家の義をしっかりと表現しています。
何よりも圧巻なのは、佐藤浩市と真田広之の槍による立ち合い(役名はあるのですが、あえて演者で書きます)。友であり同門である佐藤浩市を自らの手で送ってやることが最後の友情であると言わんばかりの激しい戦いです。周りの討手など下手に手出しをして逆に佐藤浩市の餌食にされるくらいで(そういう描写も凝っています)、その最後も壮絶の一言に尽きます。
最近の時代劇の風潮とは少し外れているかもしれませんが、武士道を理解する意味でも外せない作品だと思います。
舞姫 [DVD]
さして評価されていないようだが、「舞姫」の物語世界を美しい映像としっかりしたストーリー構成で映画化した佳作である。郷ひろみが意外にも好演している(郷には他にも、「おとうと」や「瀬戸内少年野球団」等、なかなかの好演がある)。
原作の忠実な映像化、ということにこだわらなければ、当時の日本、およびドイツのエキゾチックな空気感が生々しく伝わってくる映像力と、当時の外国で愛人との関係のため官職を失った青年のたどる運命の描写には迫力がある。ストーリーにも引き込まれる。決して軽々しく作られたアイドル映画ではない。
あくまで原作に対するひとつの解釈(または変奏)、ということを前提にすれば、「舞姫」の世界観を味わうには、文芸映画として良くできた作品だと思う。
舞姫 [DVD]
このシリーズの主眼であるヴィジュアルの美しさは、かなりのものです。
エリスは線が細くて可愛らしいし、豊太郎もアンニュイな感じ。音楽もメロドラマ的で雰囲気出てます。
しかし、時代考証やロケーションの考証にたいへん抜かりがあって、20世紀初頭のドイツの話なのに
ベルリンの通行人の服装が第二次大戦後のアメリカのモードっぽかったり
町並みがドイツというよりスペインとイタリアの折衷っぽかったり
豊太郎が質草にエリスに与える「時計」が腕時計(!!)だったりします。
また、ナレーションが本文の抜粋なのですが、これも現代語訳がところどころ怪しいです。
抜粋されている箇所も、そこなの? というのがたまにあったりして、洗練度は高くありません。
ですので、「これを観て『舞姫』の勉強をしよう」という方にはお薦めできません。
あらかじめストーリーを知っていてイメージを膨らませたい方・きれいな絵でこの話を観たい方向け ではないでしょうか。
BUNGO-日本文学シネマ- 高瀬舟 [DVD]
原作は遠い昔に一度読んだことがあるだけで
すっかり忘れてしまいましたが、
現代風にアレンジしたり奇をてらったりすることなく、
「文学」を真正面から映像化した誠実な作品だと思いました。
極端な光の白さと色調の乏しい映像から、
この時代(明治)の灯りの乏しさと
兄弟の暮らしの貧しさが伝わってきます。
特に胸をうたれたのは、夜、真っ黒な高瀬川を
滑るように下っていく小さな船の上で、
罪人(成宮寛貴)が同心(杉本哲太)に
静かに真相を語るシーン。
闇の中、月あかりに照らされた罪人の顔はおだやかで、
提灯(行灯?)に浮かぶ同心の顔は訝しげに凝っている。
二人の表情といい語り口といい、
バックに流れる切ない音楽といい、
なんともいえず絶妙で見事です。
台詞は原作のままなのかどうかわかりませんが、
やはり「文学」を意識していると思われ、やや朗読っぽい。
それがまたいいのです。
映像なのに、本を読んでいるような、
不思議な感覚にとらわれました。
作品が描き出すテーマは重く、
現代においても簡単に答えの出ない問いを含んでいますが、
さすがというべきか、まったく押しつけがましくありません。
たった30分という短さですが、
つまらない映画を2時間見るより、よほど見応えがありました。